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よねすけ、隣に突撃するってよ。

新しい世界を求めて、いざ突撃せん。

那智勝浦町で「半世紀以上」食堂を営んでいたおばあちゃんの話。

これからの生き方を探求する「タズネビトプロジェクト」

どうも、絶賛自転車日本一周中のよねすけ(@yonesukez)です。

普段は自転車日本一周の旅をしていますが、今回はある地域に立ち止まって、少しその場所のことをじっくりと見てみることにしました。

その場所は、和歌山県・那智勝浦町。マグロの水揚げ量が日本一の有名な場所。旅の途中で幼馴染のおばあちゃんの家にお伺いできることになったので、お邪魔してきました。

半世紀以上、那智勝浦町で食堂を営んでいたというので、そちらの話も聞いてきたよ。

那智勝浦町について

まず先に、「那智勝浦町」に関する情報を簡単にシェアしておく。

那智勝浦町は、1955年に那智町・勝浦町・色川村・宇久井村が合併して発足した町で、日本三大朝市の「勝浦朝市」とユネスコ世界遺産である「熊野」エリアがあることで有名。観光地の有名どころでは「勝浦港」そして熊野三山の一つである『那智山』を中心として「熊野古道大門坂」「熊野那智大社」「那智の滝」等がある。紀伊半島でも屈指の観光地域であることがわかる。

ただそれだけ強力な地域であっても、高齢化の影響を受けて徐々に人口が減少しつつある。昭和60年には人口22,248人が那智勝浦町の住人であったが、平成22年の段階では17,012人まで落ち込んでいる。*1

周辺に存在する市町村と比較して、大きく人口の変化があるわけでもない。ただそれだけ強力な地域であっても、高齢化の影響を受けて徐々に衰退しているということ。

半世紀以上営んでいた食堂

さて、今回お邪魔するおばあちゃんの家は、かつては賑わっていただろう「那智勝浦駅」のそばにありました。

50年以上の歴史を刻んでいる、元食堂の建物。

おばあちゃんは、那智勝浦駅のそばで半世紀以上も食堂を営んでおられたらしい。15年ほど前まで続けられていたのだとか。当時は勝浦港へと続く大通りもなく、観光客は必ず商店街前の道を通って勝浦港まで訪れていたらしい。

食堂街はこの周辺しかないので、以前はたくさんのお客さんが訪れたそうな。現在では港へ続く道がたくさん開発され、閑散としているために路地裏のような雰囲気さえある。かつてそれだけ盛り上がっていた面影は全くない。

 

商店街で周囲のお店を見ながら一緒に歩いていたんだけど、「50年続いていたお店はほとんどなくて、せいぜい続いても20年くらい」らしい。その他はほとんどないという。50年以上も続くお店って、特に現代ではないよねと話していた。

これだけ長い年数続けていると、「親子2代で来てくれる」ということもあるらしい。「昔、この店に親父がよく来ていたんだってね」という声を聞けるんだって。この話を聞いていて、何かわからないけど、「これだ!!!!」と思った。思ったからと言って、すぐ何か行動を起こすわけではないんだけど。

こういう声を聞けると、長年店を営んでいる側からしても、ものすごく嬉しいらしい。そりゃそうだ。自分の店を長く続けていて、世代が変わっていく、歴史が変わっていく瞬間に触れられる・・・というのは商売人としては相当嬉しいんだろうね。

那智勝浦駅のすぐそばにある商店街。平日ということ、オフシーズンであることが一番大きいけど、人っ子一人いない。同じ和歌山県でも白浜の方が圧倒的に観光客が多い。

現在は観光客も夏場以外は少なく、地域内で子どもが生まれても、高校まではあるけどそれ以上になると和歌山市へ出るか、もしくは大阪・東京まで行くしかないらしい。また移住する人もほとんどいないと。

夜の19時頃に歩いてみたけど、たまに人が通るくらいでほとんど人が通らない。けど、一応開いている店もあった。

おばあちゃんいわく、ここは「伝説の商店街」だったという。昔は相当繁盛していたようだけど、現在の商店街は閑散としていて、亡霊のような存在になっている。自分にとっては、この雰囲気もまた好きなのだけど・・・。

衰退は目の前まで迫っている

この食堂は、バブルの時代の好影響をモロに受けていたそう。その時代を経験していない自分たちの世代は、当時の空気感が肌感覚では全くわからない。ただ「ずっとこの状態が続く」という幻想を抱いていた人が大勢いたわけだから、それはもう熱気がすごかったのだろうな。

それと比べると、現代は鬱蒼とした空を見上げたような感じなのかな。もうこれ以上人口が増えることは当分はないし、みんなイケイケドンドンで成長しようとすら思ってない。閑散としている商店街が全国各地にあるのは当たり前の話になっている。

地域おこしは喫緊の課題であり、「地域おこし」や「移住」そのものをブーム化したのはすごいと思った。まずブームから文化は生まれるから。

 

参考記事:「ファッド→ファッション→スタイル→トラッド」最近の若者の中にある“道にしたい欲求”について。 | 隠居系男子

 

日本の限界集落を回りながら、また今回のような場所を訪れながら思うことは、目の前まで確実に「衰退」が迫っているということ。商店街が閑散としている光景なんて全国で見られるし、そのことを大半の人が理解している。

この歴史を刻んだ食堂も、いつかは取り壊されるのだろうか。マクロ的な視点で取り壊した方がいいのかどうか、は自分には判断がつかない。ただ、直感的にこういう場所を無くしてはいけないんじゃないかと思った。

自分にはおばあちゃんの話を聞きながら、すぐに行動できる状況にないのが残念でならないのだけど・・・自分たちと違う世代と話をしていると、新しい気づきがある。ありがとう。今後も自転車で日本を回りながら、しっかりとその地域と空気感と、何より「人」を見続けたいと思った。

おわりに

自分は子ども、およびおじいちゃんおばあちゃん層が大好きなので、こういう機会を得られるのは嬉しい。ありがとう。

今後も丁寧に地域を回りながら、その場の空気感を感じ、失われてしまうかもしれないもの自らの目で見、感じてゆきます。それでは!

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