読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よねすけ、隣に突撃するってよ。

新しい世界を求めて、いざ突撃せん。

これからの社会で「どう生きてゆけばいいか?」の指針を、地域で活動する人々に求めたい。

「これからの社会で、どう生きてゆけばいいのか?」

未来のことは誰にもわからないし、非常に難しい問いだ。たぶん誰にも答えることはできないんだけど、それでも忙しい毎日にかまけて何か重要なものを見落としているような気がする。

僕は旅を通して、「地域のカリスマ」と呼んでいる地域で様々な活動をしている人と出会い、短期間ではあるけど一緒に過ごし、議論を通してなんとなくだけど、これからの生き方を考えるにあたって重要なものを発見できた気がする。これから数年の旅を通して様々な人と出会いながら、これからの生き方について考え発信する活動をしてゆきたいと思っている。

どう生きてゆけばいいのか

いきなり見出しの「どう生きてゆけばいいか」という問いをぶち壊すけど、基本的に人間はどう生きてもいいし、本人が好きなように生きていけばいいと思っています。

自由を求めれば求めるほど、相手も、そしてまた自分自身も「自由」である必要がある。「人間はこんな生き方をすべきだ」と規定する権利は、それを守らなければ自由が拘束されるものでない限り、誰にもない。

でも「好きなように生きていけばいいよっ!」と投げ槍に言われても「はぁ・・・」と思うだけだし、それでは価値は生まれない。もちろん好きに生きて良いのはいいんだけども、その指針となるものを提供できないか?と思い始めた。

 

旅を通して、主に長野県で「地域のカリスマ」と自身が呼んでいる、素晴らしい活動をする人々に出会いました。その生き方・暮らしに感銘を受けたし、実際にその場に短期・もしくは長期で関わってみて、すごく学びが多かった。

僕は、彼らのような生き方を模倣することはしないと思う。自給自足的な暮らしをしている人がほとんどだったんだけど、「自給自足」とだけ聞いても、今後の生き方として惹かれない。

でも、それら「自給自足」であったり、最近流行りでもある「循環する生き方」や「地域のコミュニティ」は確実に「これからの生き方」の何らかヒントとなるものだという直感はあって、僕はそんな人たちに「これからどう生きればよいのか」の解の一部を求めたいと思っている。

地域おこしには興味がない

誤解のないようにいっておくと、「地域おこし」と「地域で住む人々を訪ねて回る旅」は全く別物だと思っています。

地域おこしは、「地域」にスポットを当てる。後者の場合は「その場に住む人」にスポットを当てる。もちろん地域おこしではその場に住む住民が何より重要になるのだろうけど、まず「地域」が盛り上がることが優先される。

どの地域が盛り上がっているのか?に興味はなくて、僕は旅を通して地域に住む(主に田舎の)人々に出会い、彼らの暮らしを見ていると「これからの生き方に関わる重要な”何か”」が潜んでいるような気がして、単純に追いたくなった。そして実際にその場へ訪れ、短期間でも共に生活し「これからの生き方」について議論したものを、ブログ上で発信したらすげぇ面白いんじゃないかと思った。

おわりに

これからどう生きていけばいいかなんて、誰にもわからない。でも、みんな漠然と「どうしたらいいか?」に迷っている気がしている。それは自身が迷っているからなのかもしれないけど、であればその「迷い」の謎を解くために、走りまわるしかない。

自分としては、もっとポジティブな意味での「迷い」だと思っているんだけどね。今のこの生活でも、十分生存することはできる。衣食住は十分事足りるし、少なくとも「生きていくだけ」ならなんの不自由もない。幸せすぎる人生だ。

それでも、忙しい毎日にかまけて何か重要なことを忘れている気がする。より人間的な、、、なんの成長もない平穏な幸せでもないし、一方で周囲を顧みず突っ走ることでもなし、、、自分でもよくわかっていないのだけど、だからこそ、とりあえず動き出してみたい。

 

それでは。

広告を非表示にする