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よねすけ、隣に突撃するってよ。

新しい世界を求めて、いざ突撃せん。

「10代という武器」を失って、20歳で決意を新たにした日。

ハタチからハタチへ。世界へ羽ばたく前に読んでほしいもの

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今週のお題「20歳」。

たまたまはてなブログを見ていたら、ちょうど今週のお題として「20歳」が設定されていて、このお題で文章を紡いでみたくなった。

20歳の時の自分を振り返っている人が多いようだけど、何を隠そう自分自身が20歳になった身分。今回は自分自身の心理的な変化と、「10代から20代」になって今後の決意を新たにしたので、そのおはなしをしてみる。

10代という「武器」

ちょうど20歳の誕生日の時は、日本一周の旅先である長野県の家に居候しているタイミングで、ありがたいことに地元の人たちと一緒に祝ってもらった。多幸感に包まれるなかで、「20歳とは、20代とはなんぞや?」ということを考えていた。

10代の時は、その時間のほとんどを自分が好きなことのために費やしていた。この方針は20代になっても貫くけれど、「社会とはどうたら」みたいなマクロ的視点でものを捉えることは少なかった。

10代というのは、良くも悪くも「若いからねぇ」で色々と融通してもらえる。例え自分自身に実力がなくとも、周囲の人が「まぁまぁ」で手を貸してくれる。色々な場所に飛び回って活動していたけど、自分はほとんど何もできていなかった。ただ、周囲の人が「10代なのにすごいねぇ」「若いのにすごいねぇ」と称賛してくれるから、鼻が天狗になっていたと思う。

 

そんな僕も、晴れて去年の12月で20歳になったわけだ。うーむ、なんちゅうことだ。

20歳になると法律面での自由が増えるし、業界によっては一丁前に大人だと認められる年なのかもしれない。何にせよ「歓迎すべきもの」として捉えられることが多いと思う。

でも僕にはそうは思えなくて、「10代という武器を失ってしまった!」と途端に思った。そこに安住しているということは、つまりこれまで10代というレッテルを盾にして何もしてこなかったことの裏返しであり、今まで日の目に当てられなかったものが一気に露呈する結果になった。

20代は社会のインフラを創るもの

別に実力不足だろうとなんだろうと構わないのだけど、何かしら活動する時に「10代なんで!」をダシに使いすぎてしまったために、丸裸にされた自分を見て「う・・・こいつが自分の姿なの?」と思わず感じてしまった。

実際、「10代なんで!」や「高校生なんで!」を使いすぎてしまったことが原因で、その立場を失ったときに何も行動できなくなり、蒸発してしまう人も多いんだとか。

自分の場合、10代だろうが20代になろうが、「これをやりたい!」というものがあるので、蒸発するということはない。でも、これまでそうやってしか活動してこなかったから、自分の活動をどう広めていいかわからないし、どう進めていいかもわからないというジレンマに陥っている。

 

この問題を逆に捉えると、20歳になって決意を新たにできるチャンスということでもある。10代の時は「自分という存在」が全てであって、そこに結果を求める姿勢はないし、ただただ「こんだけ活動してるんだぜ!どや!」という傲慢な態度しかない。

「20歳とは、20代とはなんたるや。」ここでようやく冒頭に問いに続くけど、思いを巡らせた結果、「社会のインフラを創るもの」という結論になった。インフラってのは道路とか交通網とかの個別事象的な話ではなくて、「社会で個々人が活動できる基盤」という定義ね。

 

これは人全体に言える話だけど、特に若い人は素晴らしいアイデアや実力を持っているのに、この社会の構造的に活動しようがない、動けないことがある。自分自身も、そういう場面に遭遇していた。

そして何か自分自身が行動するときは、周囲の大人が裏で活躍してくれていること、また影から応援してくれていたことがたくさんあった。当の本人は、そのことに全く気付いてなかったんだけど・・・。

20歳になって、まだまだ自分1人では何もできないなぁと無力感に苛まれる一方で、同時に自分もまた、「影で暗躍する、若い人たちを応援する立場」になったのだなぁと感じてしまった。完全に発想がおっさんだけど。

僕たちと、僕より若い世代が社会をつくっていく

このブログではたまに話しているけど、自転車日本一周の旅に出る前は教育関係の活動をしていた。

そんなこともあって、教育の場を担う年上の人と出会うことが多い一方で、実際にその場に通う年下の子たちと出会う機会も多い。

中学生とか高校生の子もいるんだけど、昔は「お兄さん・お姉さん」として見ていた彼・彼女らが、いつの間にか自分より年下になってしまっていた。再び、なんということだ・・・。

 

そんな子たちを見ていると、「10年後、この人たちが暮らす社会はどうなっているんだろう?この人は将来どういう生活をしていて、どんな職業に就いているんだろう。どれだけ、今より社会は発展しているんだろう」なんてことを、ふと思うんだ。

それと同時に、自分たちも若い存在ではあるけど、目の前のこの人たちが今後の社会を作っていくということ。だから僕は自分で活動すると同時に、この人たちのために何を残せるのかなぁ、そしてより豊かにするためにはどうしていけばいいかなぁ、ということを考えながら、行動したいと思った。

それでもなお、この世界で踊っていたい

ずいぶんと身が引き締まるようなお堅い話をしたし、これが自分の本音でもあるんだけど、10代のときと変わらず「この世界を舞台に全力で踊っていたい」ともまた思う。

自由なものは、他の人に不自由を強制することはない。でも不自由なものは、他者の自由を見て妬みや嫉妬から不自由を強制する。

そうなったら、「おっさん化」したら終わりだ。常に「お!それいいじゃん!僕も手伝うからさ、やってみてよ!」と言える存在でいたい。プレイヤーでありたい。さっきから願望ばっかりで現実が伴ってないけど、ビジョンとしてそう掲げていたい。

おわりに

そんなわけで、10代から20代になって思ったこと、決意を新たにしたことを書いてみた。

それにしても、やっぱブログっていいね。書いてるうちに思考がまとまるわ。最高。

 

20歳になってもブログは続けていくので、皆様よろしゅうに。

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