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よねすけ、隣に突撃するってよ。

新しい世界を求めて、いざ突撃せん。

「夢」を叶えたいなら、「他人」を無視することは絶対にしてはいけないと気づいた。

こんな学校あるの!?不思議な学校・教育のカタチ ブログ運営のこと

旅を通して、気づいたことがある。以前のぼくは、とにかく目の前に「課題」があるのなら、周囲の意見なんかは気にしないでどんどん突き進みたいタイプだった。

人に説明する時間があるなら少しでも先へ進んだ方がいいし、それ自体が時間の無駄だし、ナンセンスだ。少しでも社会に「価値」を生み出すためには、そうやって動かないといけない。

でも気づいてしまった。「社会に価値を生み出す」ということは、その社会をつくっている「人」に価値を生み出すことと同じ。人を無視することは、すなわち今の自分の活動全体を否定することになるということに・・・!

周囲の人の期待値

旅に出る前は、「サドベリースクール」という学校で働いていた。先日、その学校をテーマにしたイベントに参加してきた。

www.yusukeyonezawa.com

「教育」と言われる業界から離れて、早くも10ヶ月ほどが経過した。

基本的にこの業界に関わる人って、ある程度社会経験を積んだ人が多い。それは将来日本や世界を担っていく子どもたちの環境をつくっていく、という性質が大きいと思う。先のことも見据える必要がある。

ただぼくの場合は、そのようなことをあまり考えずに「面白そう」という動機で関わりだした。ちょうど16歳の時から始めたので、周囲の人にも可愛がってもらえた。当然、期待の眼差しも多少なりともあったんじゃないかな。

 

そして、その場で勤めて3年。紆余曲折はあったけど、去年の4月に突然方向転換をして、自転車日本一周の旅を始めた。多大なご迷惑をおかけしてしまった方もおりますが、自分の欲求に抗うことはできませんでした。

そして、旅から10ヶ月が経過した時点で上記のイベントに参加した。久しぶりの方にも会えてすごく嬉しかったのだけど、同時に「ああ、自分は教育業界からは離れたんだなぁ」とただ思った。

人への興味

これも比較的最近気づいたことなのだけど、自分は「人」そのものに対してあまり興味が湧かない。

惹かれる人は惹かれるのだけど、他の人のように「○○さんに会いたい!○○さんの話を聞きたい!」と思う絶対数が圧倒的に少ないみたい。

以前は「とにかくビジョンを叶えるため!」とかいって悩みながら突っ走っていたので、それ自体もさほど問題にならなかった。けど一旦離れると、そのメッキが剥がれてしまうのだよな。

全ては「人」のため

でも、人間が周囲の環境を良くしようとか、何かしら思った時に、必ずその場に「人間」が関わってくる。自分自身が人であるし、この社会を構成しているのは人だからね。

何か「夢」をもって行動した瞬間に、「人」に対しても行動することになる。その人を無視してしまえば、肝心の夢も叶わない。その「夢の核」を構成している人もいるから。

ブログを書く時も、仮に「PVを伸ばしたい」といった動機でも「人」を意識していないと伸ばせない。暴言を吐いてくるとか、そういう人は無視してもいいけど、自分が定義するターゲットに情報を届けるためには「人」のことを考えなければいけない。

 

ものすごく当たり前のことだし、会社に入ると1・2年目ぐらいで言われることなのだろうけど、その発想が抜け落ちていた。

無理に人に興味を持つ必要はないんだけど、何かしら強烈な動機で行動し始めたときには、人への興味は必ず増える。「あの人にあったら、何かヒントをもらえそう」とか。以前がそうだったから。

新しい行動をするときも、まず「人」のことを考えなければ、自分の理想に持っていくことはできないのだろうなと思った。特に人に知ってもらってナンボのものは、当然ながら人を無視していては成果があげられない。

 

今までのぼくは、肝心の「人」を無視してしまっていた。全て自分ありきだった。

それはそれで、生き方としてはアリな気はする。でもぼくの歩みたい方向は違うところにあるから、そっちに向かって突っ走っていく。

今後同じ過ちを犯したくないのと、この仮説が正しかったかどうかを後々調べたいので、記事として残しておく。

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